自助論 (Self - Help) - サミュエル・スマイルズ

自分から病気になった人間を治す薬はない

自己修養をもっぱら立身出世の手段と見なすのは、実に愚劣な考えだ。自己修養に関するこのように愚劣な考えは、社会の至る所に見受けられ、世俗の様々な偏見によって助長されている。人格を高め、精神を豊かにする原動力であるはずの自己修養が、ややもすれば人を追い抜くための手段や知的遊戯の道具として見られがちなのだ。

ベーコンの言葉を借りれば、「知識は、ものを売って金儲けをするための店舗ではなく、人間を救済するための豊かな倉庫」である。物質欲を満たす道具として精神を利用するのは、実にさもしいことだ。

人生の成功は、知識ではなく勤勉によって得られる。立身出世が果たせないからといって不運を託ち、泣き言を並べるのは、その人間が心の貧しい小人物だという証拠に他ならない。

「もしも」は無能者のつぶやきにすぎない

1000回あこがれるより、たった一度でも勇敢に試してみる方がずっと価値がある。「もしも」という言葉は、無力と絶望のつぶやきにすぎない。それは可能性という畑の周りに垣根をめぐらし、せっかくのやる気をそいでしまう。

啓蒙思想家ダランベールは適確な忠告を与えている。「とにかく努力を続けなさい。そうすればいつか必ず自身と力が湧いてくるから」。

空高く飛ぼうとしない精神は、やがて地に堕ちる

たとえ実現はできないとしても、人生に高い目標を持つことは少しも無駄ではない。

生活と思考に高い基準を設けて暮らす人間は、確実に進歩向上する。最高の成果を求めようと努力すれば、誰でも最初の出発点よりはるかに前進出来るはずだ。しかも究極の目標点に達しはしなくとも、向上の努力は必ずそれにふさわしい恩恵をもたらすに違いない。

人にも自分にも"卑怯なこと"はするな

真の人格者は自尊心に厚く、何よりも自らの品性に重きを置く。しかも、他人に見える品性より、自分にしか見えない品性を大切にする。それは、心の中の鏡に自分が正しく映ることを望んでいるからだ。

富や地位は、立派な人格とは何ら関係がない。いくら貧しい人間でも真の人格者の心を備えているかもしれない。誠実と礼節を忘れず、節度と勇気を持ち、自尊心と自助の精神にのっとって生きる人は、貧富のいかんを問わず真の人格者なのだ。

貧しくとも心豊かな人は、心貧しい金持ちよりあらゆる面で優れている。聖パウロの言葉を借りれば、貧しくとも心豊かな人は「何も持っていないようでいて、実は全てを得ている」のだ。

ほんとうの勇気は実にやさしさと共にある

真の人格者は、人一倍誠実さを身につけている。というのも、誠実こそが人生の栄冠であり、人の世における正義もそこから生まれることを、はっきり理解しているからである。